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「自然」をテーマにした写真の本質

フィルム写真

上の写真は京都の清水寺で撮ったもの。

早朝から京都への一人旅。 電車やバスのフリーパスを使ってお寺を周りました。 京都駅に着いた後、徒歩で西本願寺と東本願寺へ。 その次はバスで清水寺に移動しました。

清水寺では、いわゆる「清水の舞台」的な写真を撮りたいと思っていたのですが、あまり上手く撮れず。 その代わりに、カラフルな綱の写真が手に入りました。

そんな一枚も、お気に入りの写真のひとつです。

写真リンク: Color rope l 67 PHOTO

清水寺のような有名な観光スポットで、この手の被写体にカメラを向けるのは恥ずかしかったです。 「別に京都に来てまで撮る被写体でもないのでは?」と、周りに思われているのかもと。

ただ、ぼくはこの被写体を見たとき、直感的に撮りたいと思えました。

それは、屋根があるにもかかわらず壁は無いので、程よく柔らかい光で照らされていたこともあるのですが、 それ以上に、カラフルな綱がいい具合色あせて、綱を構成している「糸」もほつれも目立つ。 そんな被写体に心を動かされたのかと。

それは言ってみれば「時間の経過」が表れたもので、自然現象の結果が表れたものだと思うのです。

風景写真で「自然」をテーマに撮っている人は多いですが、その被写体は「自然現象の結果」なことが多いかと。 森だったり、砂漠だったり、雪景色やそこに住んでいる野生動物だったり。 「自然」を撮るということは、その現象が表れているものを被写体にするということだと思ってます。

たしかに綱のような人工物を被写体にしたとき、それを「自然」をテーマにした写真と言い切るには抵抗があります。 ただ、「自然」の定義は曖昧で、個人の主観が影響する部分も多いかと。 なにより、人の営みの全てを「自然」ではないとすることは人類のエゴかと。 極論から言えば、人の造る大都市も「自然現象の結果」だと思うのです。

そう考えれば、色あせて糸のほつれも気になる上の写真も、やはり「自然」をテーマにした写真だと。

こじつけに聞こえるかも知れませんが、そんなことも本気で思っていたりします。

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カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/12/12

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