67 PHOTO

Film Photographer's Website
Photography Index


more...

道具を使いこなすには創り手の想いを知ることも必要

フィルム写真

上の写真はサロベツ原野で撮ったもの。

この日は湿地帯に延びる1kmオーバーな木道を、長男とふたりで歩きました。 狭い木道なので、対向者とのすれ違いを心配していましたが、それも無駄に。 3時間ほど、木道の上を歩いていたのですが誰とも会いまえせんでした。

そこに在るのは、緑の大地と青い大空。 腰の高さまで生える植物で、大人でも目線が低くなったと錯覚してしまいます。 だから余計に広さを実感してしまう。 世界にいるのは自分と息子だけだと。

そんなサロベツ原野の広さを実感できる写真が、この日のベストショットでした。

写真リンク: Wilderness l 67 PHOTO

そんな写真も、使ったレンズは魚眼レンズ。

対角線をカバーする画角は180°。超広角。 そんな歪曲収差の補正を無視したレンズで覗けば、「魚の眼」で見たような歪んだ世界が広がります。 そんな癖のあるレンズは使いこなすのも難しい。

画角の広さを優先したレンズなので、解像度や色収差も普通のレンズよりもかなり劣ります。 そして、太陽光によるフレア・ゴーストも盛大。 そのため、フレア・ゴーストのない写真にしたいのなら、光源をフレームに入れることはもちろん、光源の方へ向くこともできません。

また、画角が広いので自分の影が入り込むことも多い。 しゃがんでも無理。 「フレア・ゴースト」と「自分の影」、 このふたつを炎天下で排除しようとすると、レンズを向けられる方向は狭く、その角度もかなり限定されてしまいます。 そして、水平線を上下の中心に持ってくると、歪曲収差を感じにくい画になるのも「対角魚眼」の特徴のひとつ。

つまるところ、「フレア・ゴースト」と「自分の影」で左右が、「歪曲収差を感じにくい画にするため」に上下が限定されてしまいます。 そんな状況で構図を極めることは、不可能に近いのです。

ただ、そんな撮り方は魚眼の楽しみ方ではない気も。

「歪曲収差を無くす」というレンズ作りのセオリーを無視して作られたレンズを使うなら、 撮影のセオリーも無視するのが正解に近いのかと。 レンズの「創り手」がセオリーを無視してまで作りたかったものを「使い手」は汲みとらないと、その真価は分りませんし使いこなせないと思うのです。

そう考えると、魚眼レンズは、「フレア・ゴースト」や「自分の影」、「歪曲収差」などを排除しようと考えず、もっと楽に使った方が良いのかと。

きっと、それが魚眼レンズとの良い付き合い方なんだと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet



カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/12/03

「写真」の他の記事

自己紹介


Blog


人気記事

 
次の記事: 自分のために撮る写真
前の記事: 「smc PENTAX67 75mm F2.8AL」というレンズは開放スナップに向いている

Photography Index


more...
Copyright C 2007-. 67 PHOTO.All Rights Reserved.