写真を撮りながら十勝平野をドライブして「しほろ温泉」に行く

2016.07.03

休日のおでかけを考えたとき、「温泉」となるのが我家のMyブーム。

6月は雨の日が多かったので、カメラを持ってのお出かけもしたかったのですが、今日は家族の希望優先です。 といいつつも、カメラは持っていくので、景色の良さそうな場所を選びました。

道の駅 「しほろ温泉」。

そこは、さほど景色のよいところではないのですが、新得からの道中で良い画が撮れると思えましたので。 十勝平野のど真ん中、音更の農耕地帯を突っ切ろうと思ったわけです。

十勝

新得から鹿追へ。
北上して自衛隊の駐屯地を過ぎたら道道771号線へ右折。

そこからひたすら東へ進みます。

麦畑
麦畑。



畑
畑。



牧場
牧場。



ゲート
ゲート。



写真を撮りながらのためでしょうか、少し時間がかかりましたが道の駅に無事到着。
クルマの中で持参したお弁当を食べて、いよいよ温泉へ。

ただ、今回は足湯のみ。

やはり子供がいると、全身で入る温泉も良いのですが、楽な足湯があるとそちらに気持ちが惹かれます。 そんなわけで、初夏である7月の足湯となりましたが、十勝は涼しいので、気持ちよく温かさを感じることが出来ました。

足湯
足湯。



そして撤収。
帰り道、あまりにも気持ちの良いドライブのため、写真を撮るのも忘れていました。
フィルム消費も兼ねて、最後の一枚は新得町にて。

牧草
牧草。



そして帰宅。

それにしても、ドライブ・写真・温泉の組み合わせは楽しい。
十勝で遊ぶならこの組み合わせはおすすめ。

あまりお金を使わないところも、おすすめポイントです。

美味しい水でも不味くなる「みぞれ鍋」

都会の水より田舎の水は美味しいけれども、それで全ての料理が美味しくなるとは限りません。

白米を炊くなら美味しい水を使った方が良いのは確か。こだわるのなら米の産地の水を使うと良いらしいですし。 味噌汁にしろ、コーヒーにしろ、やはり美味しい水で作られたものは美味しいです。 水道水が美味しくない地域に住んでいたころは、スーパーへ美味しい水を汲みに通っていました。

だからといって、煮込み料理に美味しい水を使っても、完成品の味に満足できなかったりします。

たしかに美味しいのですが、もっと美味しくする方法を知ってしまうと、それは美味しくないと感じてしまいます。 その方法とは「水を使わない」こと。良い水だろうが悪い水だろうが、料理によっては使わないことが望ましい場合もあるようです。 美味しい水を使うのではなく、食材から出てくる水分だけで炊いていく。その調理方法では美味しい水も、味を薄めてしまう邪魔な存在となるのです。

みぞれ鍋

みぞれ鍋。

鍋底で具材が焦げ付かないように、最低限の液体も日本酒で。 煮込みに必要な水分は、大量の大根おろしで賄い、煮込み中は蓋を開けずに、蒸気となった水分を飛ぶのも防ぎます。 そうして作られた鍋は、深くて濃い味わいとなるのです。

みぞれ鍋

そんな「みぞれ鍋」は、鍋底の焦げも付きもの。
香ばしさがプラスされた良い具合の焦げは、「みぞれ鍋」のもう一つの楽しみ。

ぼくが鍋底に鶏モモ肉を忍ばせるのは、そのためだったりするのです。

ソーメンチャンプルは夏バテ知らずな人のために

ソーメンチャンプル

夏は暑くて食欲が湧かないと言う人もいるけれど、そんなことには関係なく、がっつり食べたい人もいるはずです。

そんな人にとって、ソーメンは物足りない食べ物だと思います。 冷たくて喉ごしも良いソーメンは、食欲の落ちた暑い日の昼食に食べたいものだとは思うのですが、 いくら暑くても食欲の落ちない人もいるわけで、そんな人達にしてみれば、パンチの無い爽やかすぎるソーメンでは、 空いたお腹を満たすことはできても、溢れる食欲の全てを埋めることはできないのです。

そのためでしょうか、各家庭でソーメンを食べるとき、ソーメンのみが食卓にのぼる家庭と、コロッケなどのおかずが一緒に並ぶ家庭があると思います。 このことからも、暑くて食欲の湧かない人がいると同時に、暑さに関係なくがっつり食べたい人は存在すると思うのです。

ただ、市民権を得ているのは、夏は暑くて食欲が湧かない派。

トンカツを食べたいのに気温の暑さのせいで我慢を強いられている方も多いのではないでしょうか。 そんなとき、つゆに付けて食べる冷たいソーメンではなく、せめて炒めた肉が入っている温かいソーメンチャンプルにして欲しいと思うもの。 それが、夏は暑くて食欲が湧かない派に歩み寄れる最善の妥協案なのかも知れません。

ただ、夏は暑くて食欲が湧かない派を説得するのは難しいです。 なにせ市民権を得ているで。 そこで武器となるのが、野菜摂取の必要性。 暑いからといって、冷たいソーメンばかり食べていては栄養のバランスが崩れます。 やはり野菜の接種は必要です。そして、野菜だけではなくタンパク質も摂らなくてはなりません。 それを武器とするのです。そうすれば、冷たいソーメンではなく、肉の入ったソーメンチャンプルにありつけるでしょう。

ソーメンは少し固めに茹でておく。

具はキャベツ、エノキ、ニンジン、そして豚肉。
軽く塩で下味を付けつつ、具をフライパンで炒めていく。
油は気持ち多めで。

均等に火が通ったら、茹でたソーメンを追加。
手早く合わせて、味付けは醤油。

皿に盛り付け、かつお節をふりかければ完成です。

ちなみに、ぼくの実家では、ソーメンのとき、かならずコロッケも出されていました。
そして、我家のソーメンチャンプルは肉が多い。

この小さい肉を噛みしめて、暑い日のトンカツを夢見て生きていくのです。

省いて足すことが「自分らしさ」

キツネザル

上の写真は京都市動物園で撮ったもの。

奈良へ移住後、県内の寺社仏閣を巡るのも一段落し、そろそろ本格的に京都のお寺へも足を伸ばそうと思い出した頃、息子とふたりで行ってきました。 最寄りの地下鉄駅を出た後、近代美術館や平安神宮へ行きたい想いを抑えつつ動物園を目指したわけです。

そんな動物園で撮ったキツネザルの写真が、お気に入りの一枚だったりするのです。

写真リンク: Lemur | L’GRAPH


■ 動物園は写真の上達に不可欠な場所

動物園に行った理由は、写真であったり、息子との遊びの一環だったりします。

ただ、写真を撮りたいという目的も、どちらかというと、当時、写真でぶつかっていた「壁」をなんとかしたいというものでした。 105mmの標準レンズを選択している辺り、当時のぼくはえらく悩んでいると、今になっては少し上から目線で思い返してしまいます。

ぼくの中で、動物園は写真に行き詰ったときに行くところ。

無心で動物の写真を撮り続けていると、新しいことを発見できたり、忘れていたことを思いだしたり。 そんなことが多いので、「壁」にあたったときは、何も考えずに動物園へ行くことにしています。


■ 「世間一般の理想」と「自分らしさ」のバランスを考える

そんな動物園で、過去に気付いた大切なことで一番多いのは「自分らしさ」だったと思います。

自分の中にある「理想」を求めていたにもかかわらず、いつしか「世間一般の理想」を求めていたことはよくあること。 最初のうちはその差も小さいので、どちらを目指していても方向性はほとんど同じです。 ただ、スタート地点のほんのわずかな差も、いずれは大きな差となる。 平行と思っていた道も、進むにつれてその差も広がってしまいます。

そう考えると、遅かれ早かれ、どちらの道を行くか決めないといけないと思うのです。 つまり、「自分らしさ」を追求するか、「世間一般の理想」を目指すのか、どちらへ行くか、ということ。

ただ、「自分らしさ」という言葉は優しいので、それに甘えてしまうのは避けたいです。 たしかに「自分らしさ」を持つことは大切だとは思うのですが、それを言い訳に「世間一般の理想」から離れることは、ただの逃避なのかと思ってしまいます。

一番の「理想」は、「自分らしさ」を保ったまま「世間一般の理想」に近づくこと。 そのことを忘れずに、「世間一般の理想」から「自分らしさ」に必要ないものを徐々に省きつつ、 「自分らしさ」に必要なものは「世間一般の理想」を超えて足していく。 何かを省いたら、何かを足す。もしくは、圧倒的な何かを足すために必要のないものを省く。 これが自分の中にある「理想」に近づくための方法なのかと思います。省くだけではただの逃避だと思うのです。

ぼくの場合、「露出や色」が省くもので、「被写体の選択と構図、解像感」が足していくものかと。

たしか、上の写真を作ったときは、そんなことを考えていたと思います。

十勝は「画になる場所」が続く場所

2016.06.27

クルマで町内を走っていると、画になる場所を探してしまいます。

仕事場との往復も、同じ道をずっと使う必要もないので、毎日が楽しいドライブ。 プライベートなときでも、食材の買い出しへ行くだけなのに、無駄に遠回りしてみたりするので、ガソリン代は少し高くついているのかも知れません。 それでもクルマの燃費はカタログ値に近かったりします。信号は少なく渋滞もないので、頻繁なストップ&ゴーが無く。それがその理由かと。

そんなプチドライブは、画になる場所を探すために走っているわけでもないのですが、気が付くと無意識のうちに探している自分がいます。 これはもう、「趣味病」的なものかと。

今日は、そんな「画になる場所」を早朝から撮りへ行ってきました。

石
石。



朝霧
朝霧。



畑
畑。



林道
林道。



キツネとツル
キツネとツル。

小さすぎて分りませんが写っています。



ソバ畑
ソバ畑。



以上です。

ただ、事前に見つけた「画になる場所」は1ヶ所しか撮っていなかったりします。 他の写真は、今日その場で見つけた「画になる場所」。 フィルムの残り枚数も少なかったので、そんな場所で撮っていたら、事前に見つけた「画になる場所」で撮ることは出来なくなってしまいました。

それくらい「画になる場所」が多い北海道の十勝地方。 そもそも、ピンポイントな「画になる場所」という概念は薄いのかも知れません。 その気になれば、道路を100mづつ進んでも、その場その場で写真は撮れますし。

ずっと「画になる場所」が続く場所。

それが十勝の特徴なんだと思います。