【黒曜石】河原で十勝石を拾ってみた

2016.08.13

北海道へ移住を検討する際に、最後に嫁さんの心を動かしたのは十勝石。

河原できれいな石が拾えることが決め手になったのかと。
思えば、以前、北海道に住んでいるときも、海岸で瑪瑙が拾えると、心を躍らせていたのは嫁さん。

参考: 今度こそ見つける!無縁浜でパワーストーンの瑪瑙を拾ってきた | 67 PHOTO

そんなわけで十勝石の拾える川に行く予定を立てたのですが、その前に、早朝、町内を周ってきました。

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仕切り直して、家族で出発。

河原に着くと誰もいない。
そして、靴を脱いで素足で川に入ると、あっさりと黒曜石を発見。

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黒曜石。


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砕いてみると、ガラス質のきれいな断面を確認できます。
尖っているので危険ですが。



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できればツルツルに磨きたい。
そのためにグラインダーでも買おうかと。
王水で溶かすのはハードルが高いですし。

ちなみに、拾った場所は秘密です。

軽トラの轍は続くよどこまでも

森

4駆の軽トラは凄く。

山道や深い雪の上でも走れるようにと、切換え式のフルタイム4WDで、しかもデフロック機構付の車両を選んだのですが、 実際に荒地を走ってみると、その走破性に驚かされます。 いまのところデフロックは使ってはないのですが、スタックとは無縁の世界。 上り勾配の深い砂利道でも、楽々と発進できてしまいます。

そして中古の軽トラだからでしょうか、車体の汚れも気にならず、ボディに太い草が当たったとしても全然平気。 少々軽トラには申し訳ないのですが、大切なクルマにもかかわらず、かなりラフに使ってしまいます。 むしろラフに使いたい。仕事でも山道を走ることがあるのですが、そこは草刈のしていない林道。ときにはクルマが隠れるほどに生茂った「草」の中を走るのです。

最初は少しびびったものの、慣れてくると楽しいもので、気分は道なき道を行く開拓者。 実際は先導車の後をついて行くだけですが。それでも、生茂る草のため、かすかに道路と分かる場所へ突っ込んでいくことは、ちょっとしたアクティビティ。 悪路で跳ねるクルマと同様に、ぼくの心も跳ね踊ります。

そんな林道は、とくに関係者以外立ち入り禁止ということでもなく、だれでも自由に入れる一般道路。

そのことを確認した理由は、息子にもそのアクティビティを体験させてみたかったから。 いったい、どんなリアクションを見せてくれるのか? それをおもしろいと思うのはぼくだけなのか? さっそく、つぎの休日に上の息子を助手席に乗せて草道へ向かいました。

ただ、草道が長距離だと何かあったときに大変なので、数10mだけの草道をチョイス。 それでも、小学生の息子は怖かったらしく、少し目を見開き気味に一点を凝視。 もちろん言葉はひとつもありませんでした。

息子いわく「楽しかった」と。
ただ、「また行く?」と聞くと、「もういい」の返答が。

やはり、楽しいよりも怖さの方が多かったのかもしれません。

その後は、整備された林道へ。 草はなく、適度に深い砂利道の上に敷かれた落葉のジュータンを巻き上げながら。 車窓の景色は、丘を覆う深緑の笹の葉の海と、そこへ規則正しく立並ぶミズナラの木々。 息子の発する言葉も自然と多くなりました。

いろいろと想定外の良さに出会えた軽トラ。

移住後、早めに手に入れられて良かったです。

アートな写真に「被写体の情報」は必要ない

都庁

上の写真は新宿の都庁舎を撮ったもの。

この日も仕事で東京に出てきていたのですが、空いた時間で新宿の高層ビル群を散歩していました。 「田舎者だなぁ」と我ながら思うのは、口が開くのを我慢して上を向いて歩いたから。 やはり、超高層ビル群はすごく、その頂点を見たい欲求には勝てませんでした。

参考: 超高層ビルを見上げながら歩くぼくは田舎者。新宿の東京都庁舎に行ってきた | 67 PHOTO

その中でも新宿都庁舎は圧巻で、建築物のことはよく知らないのですが、そんなぼくでも自然と凄いと思ってしまいました。 そんな新宿都庁舎の写真も、お気に入りの1枚だったりするのです。

写真リンク: Building | L’GRAPH


■ 「被写体の情報」はアート写真に必要か?

この写真は、第二本庁舎を下から見上げて撮ったもの。

ただ、写真の中の構成物が少ないためでしょうか、上を向いている感覚が乏しく思えます。 見方によっては、コンクリートに囲まれた歩道を少し俯瞰で眺めている感覚も覚えます。

そんな感覚も「お気に入り」の理由のひとつなのですが、そもそもこの被写体とこの撮り方は真似でして、 出所は忘れてしまいましたが、Webで見かけた写真を再現してみたわけです。

そして、そんな写真の見方をしたとき、この被写体の情報はあまり必要ありませんでした。

垂直水平の感覚が分からなくなる幾何学模様が印象的。 この写真を説明する一文がそうであるならば、そこに「新宿の高層ビル群」や「第二本庁舎」、 ましてや「デザイナーは丹下健三さん」という情報は、写真の評価に関係ないと思うのです。

もちろん、それらの情報は気にもなりますし、得ていればこの写真の見方も少し変わるかも知れません。 ですが、それらが写真の良し悪しに影響することは少ないと思うのです。

例えばポートレート写真。 「良い写真」と思ってから、「この人はどんな方なのだろう」と思っても、その逆はあまりありません。 たしかに、逆の「被写体の情報を含めた良い写真」はあるとは思うのですが、それと同等に「被写体の情報」を必要としない「良い写真」もあると思うのです。

それは「写真を見る」と「写真の中の被写体を見る」の違いもあるのかと。

そう考えれば、写真の評価が「良い景色ですね」では、まだまだなのかとも思うのです。