ワンポイントの無い写真に憧れる

太平洋

上の写真は高知の海を撮ったもの。

車中泊で訪れたのは高知の桂浜。 そこで写真は撮ったものの、なにか物足りない。 たしかに桂浜はきれいな海岸ですし、坂本龍馬はこの大海原を眺めながら日本の行く末を考えていたのだろうと。 そう思うと桂浜は被写体としては申し分ないはずなのですが、ぼくは桂浜を上手く撮れませんでした。

ですが、岬の先端にある「龍王宮」を撮り終えた後、「坂本龍馬記念館」の方へ登ってみると、そこにはぼくの求める景色が広がっていました。 高台から望む太平洋は、文字通りの「大海原」。そんな景色を見渡せば、なんだか坂本龍馬になった気分に。すこし考え事もしてしまいました。

そんな場所で撮った写真も、お気に入りの1枚だったりするのです。

参考リンク: 佐田岬から桂浜へ。黒潮ラインで高知の人の海に抱く思いがわかる | 67 PHOTO
写真リンク: Ocean | L’GRAPH


■ 究極の「良い写真」

写真的にはイマイチかも知れませんが、ぼくの想いの分だけで「お気に入り」に入っています。

それは「良い被写体」だったこともありますが、理由はもうひとつ、ぼくの考える「理想の写真」にチャレンジした1枚だったりもするので。 構図も少しセオリーから外れていますが、それは「海」を浮かす感じに撮りたかった結果。ですが、それも上手くいっていません。 ただ、そのことが「チャレンジ」ではなく、ワンポイントの無い写真を撮りにいったことが「チャレンジ」だったりするのです。

構図にワンポイントを入れると写真が引き締まります。

そのため、主題、もしくは副題をワンポイントにして構図を決めていくことが多いです。 ボツにした写真も「ロゴ」というワンポイントを入れれば復活してくれるので、それも活用しています。

ただ、理想といいますか、ぼくの考える究極の「良い写真」はワンポイントを使わないもの。

閲覧者の視線をコントロールせずに迷わせるも、はっきりと主題は魅せる。 それでいて全体のバランスを完璧。 写真を見た人からは、「なにがいいか分からないけど、なんかいい」というコメントをもらえるもの。 「理由は分らずも心が揺さぶられる」。そんなぼくの考える究極の「良い写真」には、きっとワンポイントが無いと思うのです。

それに近づこうとした写真は、やはり「お気に入りの1枚」に。

こんなことを考えてしまうのは、坂本龍馬に近づいた影響なのかもと、思ったりもしています。

「構図」とは決めるものではなく、結果そうなるもの。

教室

上の写真は、岡山県にある旧遷喬尋常小学校で撮ったもの。

朝9時の開館と共に入ったのは、この日はぼくだけ。 これはチャンスと思い、人のいない校舎を思う存分に撮らして頂きました。 木造建築の古い校舎は被写体としても魅力的で、あっという間にフィルムを消費してしまいました。

そんな写真たちの中にも、お気に入りの1枚は存在するのです。

参考リンク: 昭和が残る場所を訪れる。旧遷喬尋常小学校から尾道へ | 67 PHOTO
写真リンク: Classroom | L’GRAPH


■ 運転席に乗込む

ただ、この上の写真は「古い校舎」の良いところを撮ってはいません。

教室の座席で、一番好きなところを撮ってみました。 そこは窓際の最後尾。「席替え」のくじ引きで引き当てたい場所。 学生時代、誰もが何度かはそこに座ったことがあるとは思いますが、ぼくはそこが好きでした。

授業を多少はさぼってもばれない場所。 ぼくは、あまり勉強の出来ない子だったので、興味の無い授業のとき、外を眺めて過ごすことのできる窓際の最後尾の席は、本当に好きでした。

そんな「居心地の良い場所」からの景色を撮ろうとしたのですが、考えていたより難易が高かったです。

その席に座らせてもらい、そこから撮る。 それだけでイメージする写真が撮れると思ったのですが、そんなに甘くはありませんでした。 アイポイントは、カメラの保定のために肘をついた格好で問題なく、上下の角度も水平で良さそうでしたが、問題なのは左右の角度でした。

左右の角度の少しの違いで、ファインダーに映る世界の雰囲気は変わるもの。それは1度単位で大きく変わります。 「教室の中で体は教壇に向いているにもかかわらず、視線は外」。 そんな写真にしたかったので、この角度にしました。

そんなことを考えながら撮っていたので、正直、構図を考えることを忘れていました。 ただ、出来あがった写真を見てみれば、構図もそんなに悪くはないと。

もしかしたら構図とは、「狙うもの」ではなく、「結果的にそうなるもの」なのかも知れません。

そんな風にも思えました。

想い出を「リアル」から「ファンタジー」に変えるモノクロ写真

B16B 98 SPEC-R

上の写真はシビックのエンジンを撮ったもの。

当時、3人目の子供が生まれるということで、それまでメインに使っていた4人乗りのクルマを、7人乗りのものに買換えました。 というわけで、独身時代から乗っていた愛着のあるクルマを手放すことに。

その記念として撮った写真は、当たり前のようにお気に入りの1枚となったわけです。

参考: さよならEK9 CIVIC TYPE-R!悲しみのモノクロ記念写真93枚 | 67 PHOTO

写真リンク: B16B 98 spec.R | L’GRAPH


■ 想い出を「ファンタジー」にするためのモノクロ写真

この「EK9 シビック・タイプR」というクルマは普通ではありませんでした。

昭和世代のクルマ好きの方には分かって頂けると思いますが、 ベンツやBMWはもとより、ポルシェやフェラーリよりも魅力的なクルマだと感じるのではないでしょうか? もちろん、ぼくもそのひとり。

量産型の市販車でありながら、その作り込みは「おかしい」くらいにレベルが高く、 それは「スポーツカー」というより、チューニングされた「レーシングカー」と呼ばれる程。 1,600ccのターボ無しエンジンにもかかわらず、「軽量スポーツカー」のカテゴリの中では、世界的に見ても群を抜いた存在でした。

そんなクルマを手放す前には、その姿だけでも写真に留めておきたいもの。 そう思って撮ったのですが、その写真のためのフィルムは、迷わずにモノクロを選びました。

それは、おそらく後で写真を見て想い出に浸るとき、「リアル」な記憶として思い出したいのではなく、 「ファンタジー」のような記憶として思い出したかったのかも知れません。

カラー写真では情報が多すぎてしまい、リアルな想い出が甦る。 一方で、モノクロ写真は適度に情報が省かれているので、 そこから想いだす記憶は、当事者であったにもかかわらず、第三者視点から見たような「ファンタジー」なもの。

そんな想い出にしたかったのでモノクロのフィルムを選んだのだと思います。 もちろん、リアルな想い出も残したかったのですが、それ以上に、当時のぼくは、このクルマの想い出は「ファンタジー」にしておきたかったのだと思います。

そう考えれば、思い返すときのことを考えて、カラーとモノクロを使い分けるのはアリだと思うのです。