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「運」は「忘れ物」という姿で降りてくる

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上の写真は、沖合に関西国際空港を望む「りんくう公園」で撮ったもの。

定期的に海が見たくなる性分は、海なし県の奈良に移り住んでも変わらず。 そのため、たまに海を求めて和歌山へ行ったり、大阪へ行ったり。 この日も、カメラは持っていきましたが、その目的は「写真」よりも、単に海が見たかったからでした。

青い海と青い空。 そして、自然な海岸が完璧な人造公園へと整備されてるところが、大都会な大阪の海らしい。

そこで撮った写真は、整備されたものでも「やっぱし海はいいな」と思える1枚でした。

写真リンク: Sea Park l 67 PHOTO

この写真は魚眼レンズで撮ったものですが、部分的にNDフィルターを被せています。

ただ、NDフィルターを被せた理由は、空の青さを濃くしたかったのではなく、NDフィルターを外し忘れていたから。 つまり、「被せた」のではなく、「被ってしまった」わけ。 結果的に、空の青さが濃くなったので、「お気に入りの一枚」になったのですが、それは失敗の産物だったりします。

ですので、この日に撮った写真は、全て暗い部分が出来ています。 さらに、次の回でもその現象は続きます。

このNDフィルターは、レンズの後玉に入れていたので、外から見ても分りません。 とはいえ、単純ミスですし、ファインダーを覗けば直ぐに分ると思うのですが、案外、全然気が付かないもの。 後日、若草山から撮った夕日の写真は、巨大ゴーストでNDフィルターの効果は消えていますし。

結局、入れっぱなしのNDフィルターに気付いたのは、大阪へ移住後。 通い慣れたスーパーの屋上駐車場で撮った写真を見たときでした。 あまりにも変な写真だったので。

思えば、「りんくう公園」で撮るときも露出計の値は変だと思っていたのですが、 その日が快晴だったこと、真夏で太陽光がきつかったこと、海辺だったこと、そして魚眼レンズ、 そこら辺の要因が関係して「いつもと違う露出」になったのだと、変な解釈をしてました。

そして、このNDフィルターを装着したのは仙台に住んでいたとき。

そのころの課題は今と変わらず「部分的な露出コントロール」だったので、試しに魚眼レンズの「後玉フォルダー」に切取ったゼラチン製のNDフィルターを挟んでみたわけです。 結果は上手くいかず、その後は「魚眼レンズの熟練」も、「部分的な露出コントロール」も、少し諦めてしまいました。 そんなわけで、魚眼レンズの使用回数も減り、挟んだままのNDフィルターの存在も忘れてしまったわけです。

ただ、NDフィルターの存在を忘れていたからこそ、空の青い「りんくう公園」の写真もできたわけで。 そう考えれば、「忘れてた」ことも一概に「悪いこと」ではないのかと。 それは「結果オーライ」という簡単なことではなく、巡ってきた「運」的な要素として。つまり、「忘れててラッキー」と。 そんなわけで、やはり写真にも「運」は必要な気がします。

そして「運」は「忘れ物」の姿で降りてくることもあるようです。

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カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/12/11

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