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「記念写真」を撮った方が良い理由

フィルム写真

上の写真は、奈良県の山奥にある室生寺で撮ったもの。

この日は、奈良にある寺社仏閣を「はしご」して、写真を多くとるつもりでしたが、 最初に訪れた室生寺で想定以上に体力を消耗してしまい、結局、2ヶ所を周ったところでギブアップしてしまいました。

体力消耗の原因は、室生寺の奥之院。
そこへは勾配のきつい階段を延々と昇らないと辿り着けませんでした。

上の写真は、そんな室生寺の奥之院で、息があがったまま「手ブレ」と戦って撮った1枚だったりするのです。

写真リンク: Terrace deck l 67 PHOTO

この写真は、正直、他のものより見劣りしていると思っています。

ある程度のクオリティ以上のものをサイトに載せるように心がけているのですが、この写真は、ぼくの選択基準から見ればギリギリアウト。ですが載せてしまいました。

たしかに写真の構成的には少し好きかと。自然物と人工物の対比にも拘わらず全てが「木」なところとか。 テラスのすぐ前に巨木が立つということは、建立当時は眺めの良かったのは大昔のことなのかと。 長い年月がそうさせたのかと。そんなところから、自然物と人工物の垣根があやふやになるところとか。

ですが、露出と構図の深さが今一歩足りないと、そう思ってしまいます。

それでも載せた理由は、それが他の写真とは違う意味で「良い写真」だったから。 それは、万人が思うであろう基準の「良い写真」ではなく、撮ったぼくにしか分らない基準の「良い写真」。 その「良さ」とは、言葉やテキストで説明しても「伝わらないもの」で、決して、「伝わりにくいもの」ではありません。 つまり、「ぼくの中だけの良い写真」なわけです。

そんな「ぼくだけに分る価値」とは、「苦労して奥之院まで行った」という体験の記憶を担保してくれる写真から生まれるもの。 それは実際に行ったぼくにしか分らない価値。 そんな写真は、いわゆる「記念」なもの。 そんな価値が付加された写真は、ぼくの中だけのことですが「良い写真」となってます。

「記念写真」とは、体験の記憶を担保してくれるもの。

そう考えれば、なんらかの体験をした際には、どんなカメラにしろ記念に撮っておくことは大切。 もちろん、撮影マナーを優先させなければならないのですが、それで万人が思う「良い写真」は撮れなくとも、 その体験や経験を積んだ証としての写真は残しておいた方が良いと思っています。

そうして撮られた写真は、万人が思う「良い写真」ではなく、当事者だけが思う「良い写真」なのかも知れませんが、ぼくはそれも立派な「良い写真」だと思うのです。

そんな記念写真には、「おもいで」を呼び覚ます「記憶のサムネイル」的な役割もあります。

参考: 写真は「おもいで」を整理するサムネイル

それに併せて、記念写真は「体験記憶の担保」にもなり得ます。 そうなれば、記念写真の価値とは、いわゆる「良い写真」の範疇を超えるものかと。 下手な写真でも、デジタルファイルやネガフィルムの原板のように画像が見れない「マスター状態」でも、偶像的に、その価値が消えることも無いのかと。

そう考えても、「記念写真」は撮った方が良いと思うのです。

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カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/12/10

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