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自分のために撮る写真

フィルム写真

上の写真は、富良野のチーズ工房で撮ったもの。

北海道を離れる前に、思い出づくりの一環で訪れました。 思えば、美瑛と富良野への日帰り長距離ドライブは、数え切れないほど繰返しました。 そのとき撮った写真の中に、上の「駐車場に描かれた白線」があったわけです。

季節は秋。
赤や黄色に色づいた葉は枯れ落ち、黒いアスファルトを覆い隠します。
そして、白く塗られた駐車用の線も消え始める。

停めずらい...

そんな写真が、この日のベストショットでした。

写真リンク: Fallen leaves l 67 PHOTO

この手の被写体を、恥じらいはあるものの、いまでこそ躊躇なく撮りにいけるのですが、少し前は全く撮れませんでした。

というのも、観光地に行ってまで撮る必要のないものと、自分でも思ってしまうので。 なにより、周りの人に「変な人」と思われてしまうので。 お店の駐車場でしゃがみこんでカメラを覗いてる変な人と思われるのが嫌でした。

それで受ける精神的なダメージと、それによって得られる写真を比べたとき、圧倒的に前者の精神的ダメージの回避に動いてしまうのです。

ただ、毎回そう思って躊躇しているわけでもなく、自然とそれを回避していしまいます。 「駐車場の白線」のような、なんの変哲もない被写体を「良い」と思っても、無意識に通り過ぎる。 「その被写体は撮るものではない!」と、体にしみ込んでいるかのようにスルーしていました。

そんな被写体を撮れるようになったのは、周りの眼に少し慣れたから。

そもそも、周りの人は自分のことをそんなに見ていませんし、仮に「変」と思っても口に出して言いませんし。 もし、言われても、自分が思ってるほどのダメージは食らいませんし。 なにより、恥ずかしくてもファインダーを覗けば自分の世界に入れることを知ってしまったので、この手の被写体を撮れるようになったと思ってます。

ただ、撮れるようになった理由は、それだけではない気もします。

それは、恥ずかしさに打ち勝って得られる写真の価値が、ぼくの中で上がったから。 「周りの眼に少し慣れた」と言いましたが、正直、100%ではないと。 いつもどこかで恥じらいを感じています。それでも、この手の写真を欲しい気持ちは強くなったので、そんな恥じらいも我慢できるようになりました。

この手の写真は、万人受けしないと思いますが、大概、「自分だけに刺さる写真」なんて、ぼくに限らず、世間の評価から外れてることが多いかと。

だから、そんな写真を世間から探そうと思っても、そこには「万人に刺さる写真」が溢れているので難しい。 それよりも、「自分だけに刺さる写真」に出会いたいのなら、自分で撮ってしまった方が早い。 そして、そんな写真を撮りたいのなら、恥じらいとか失敗を気にせず、こだわりを捨てて、万物を手当たり次第に撮らないとダメなのかと思うのです。

昔、何気なく撮った写真から、「自分だけに刺さる写真」に必要な被写体に気付きました。 そして、上の「駐車場に描かれた白線」のような写真を欲しくなったわけです。

つまるところ、自分のために撮る写真とは、そういうものだと思ってます。

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カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/12/03

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