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それでも写真に技術は必要

こどもの頃、親が学校に来る「授業参観」は嫌でした。

小学校の低学年だったときは嬉しかったような気もしますが、高学年になると恥ずかしいような、親のいない場所に作った家とは違う空間に侵入されたような。 中学生になると本気で嫌になり「授業参観」に来ることを断っていました。

そんなぼくも今では親となり、自分のこどもが大きくなって幼稚園や学校に通いはじめると、その「授業参観」が楽しかったりします。 ただ、その楽しさも、自分のこどもの成長や学校での振る舞いを見れることもあるのですが、それ以上に、教室の後ろ壁に貼られたこども達の「絵」などを見るのが楽しかったりするのです。

幼稚園児の描く絵は個性的で、正直、なにを描いているのかわからないものが多い。 そんな中でも、たまにギョッとするほど吸い寄せられるものもあります。それは構図の整った絵だったり、描かれた視点が「俯瞰」などはっきりしているものだったり、遠近法で表現されているものだったり。

ただ、それは後から気付くものであり、初見では単純に「いいな」と思うだけであって、じっくり見ていると「それ」に気付きはじめます。 もちろん、「それ」がない絵にも吸い寄せられることもあるのですが、それは稀。たいがいは、絵に「それ」が備わっていたりするのです。

そこへ行くと小学生の描いた絵はどこか個性のない画一的なもが多い。 きっと、なんらかの技法を教わって、それを使うことが目的な絵。そう考えれば納得。 ただ、数多く並べられた絵から共通するものを探し出し、先生の教えた技法の正体を推理のが楽しかったりもします。

そんな画一的な絵たちの中でも、個性を発揮しているものはあり、それは描いた人の「感性」が表れているのかも知れません。 絵の題材や構図、視点、技法は同じはずなのに、ひときわ目を引く一枚。 そんな絵を描ける人は、きっと他の人より「感性」が強いのかと。 それは生まれ持ったものなのか、それとも努力して得たものかは分かりませんが、その人は「秀でた感性を持った人」なんだと思います。

そして、それは写真でも同じと、つくづく思います。

写真に技術はいらない。写真は感性で撮るもの。技術に頼った写真は詰まらない。 そんな声もSNSではよく聞きます。 たしかに、技術を駆使した感性の無い写真よりも、技術的に失敗した写真の方が「いいな」と思うことはよくあること。そんな写真は技術ではなく「感性」で勝負した一枚なのかと。

ただ、ある一定のレベル以上の写真は、技術と感性の同居したものに限られていると思います。 つまり、技術に頼った写真は詰まらないのと同じように、感性に頼った写真もまた詰まらない、のかと。 そのふたつを比べれば「感性に頼った写真」の方が上と思えますが、「技術と感性の同居した写真」と比べれば50歩100歩。圧倒的に「技術と感性の同居した写真」の方が上と思うのです。

例えばハービー山口さんの写真。

被写体となった人物の人柄や温かさに半端なく心を奪われる写真なのですが、構図の精度も恐ろしく高いです。 画の中の「線」の配置バランスが神がかり的で、目には見えない「被写体の視線」も考慮されたバランスは、見ているだけで気持ち良くなります。

ですので、本当の「良い写真」を撮るためには、「感性」も「技術」も両方鍛えなくてはならないのかと。 ただ、その難しさは「技術」よりも「感性」の方が上。難しすぎるので、「感性は生まれ持ったもの」と解釈してしまいたくもなります。 そう考えれば、ぼくら凡人は「感性」を武器にするよりも、「技術」を身に付けた方が「良い写真」に近づけられるのかも知れません。

下手に「感性」で勝負するのではなく、まずは「技術」だけでも身に付ける。
「スマホ」ではなく「良いカメラ」を選択するのもアリかと。
とはいっても、なかなか身に付かないのが「技術」。

でも、それも写真の楽しさのひとつだと思っています。

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カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji | 投稿日: 2017/08/13

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