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「写真を撮る」の言い回しに注目する

フィルム写真

言霊(ことだま)は好きです。

あまりスピリチュアル的なことは信じない方なのですが、言霊の考え方は好きで、できれば、そうあってほしいと。 言葉には、その意味以上に力が宿っていると。 信じる信じないは別として、それはとてもすてきなことだと思うのです。

そして、言葉だけではなくテキストにも、その意味以上の力が宿っている気がします。 それは言霊とは少し違うニュアンスなのかも知れませんが、特に、撮った写真に自ら添える「一文」で顕著かと。 その一文があるだけで写真の雰囲気は変わりますし、撮り手の想いも写真により強く宿る気がします。

そう思ったのは、Web上の「風景を切取る」という一文を見かけたから。

おそらく、「写真を撮った」という意味で使われたと思うのですが、その表現方法を使うことによって、修飾される写真の雰囲気は変わってきます。 思えば、そんな「写真を撮った」という意味で使われる一文は多く、「シャッターを押した」や「瞬間を記録した」、「収めた」、などなど。 それに加えて、写真を「作った」や「創った」、「具現化させた」も、広義に同じ意味で使われていると思います。

それらには、一文のテキストの意味以上の情報を、写真に与える力があるのかも知れません。 そう考えれば、やはり写真に添える一文は、表現方法のひとつとして大切だと思うのです。

「写真をやっているなら、テキストに頼らず写真だけで伝えろ」と、そう考えたときもありましたが、 一文を、ときには長文を添えることも、写真の表現方法としては「有り」と、今はそう思うようになりました。 それは、写真を飾る「額縁」を考えたりすることと一緒。 文章屋さんが写真を使うように、写真屋さんも文章を使えばいいと思います。

ちなみに、ぼくの「写真を撮った」は、「デザインした」が一番しっくりきます。 切取ったわけではなく、記録したわけでもなく、被写体を使って構図をデザインし、写真を作ったわけです。

なんにせよ、「写真を撮る」の言い回しに注目してWeb上の写真を見ることはおもしろいです。 作者の方の想いやイメージ、創りだそうとする雰囲気が、より鮮明になるかと。 逆に撮り手の方は、なにか伝えたいことがあるならば、そこも大切にすると、より伝わるのかなと思います。

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カテゴリ: 写真 | 筆者: kenji | 投稿日: 2017/03/11

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