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信頼は「されるもの」ではなく「するもの」

生物

前職で、ぼくが年下に敬語を使う理由は単に「人見知り」だっただけ。

敬語を使うだけでなく、年下を年下扱いしないのも同じ理由です。 年齢を問わずに他人は尊重しておき、 分け隔てなく周囲に迷惑を掛けないように、当たり障りのない同僚関係を維持するために、「壁」を作る目的で敬語を使っていたのかと。

それでも仕事を順調に進めるために同僚を「信頼」することだけは守っていました。 少なくとも「会社の利益を追求すること」は共通意識として持っていると信じて。 何でも分かりあえる存在として「信頼」することは出来ませんが、最低限の「信頼」は寄せていたつもりです。

結局のところ、それで相手からの信頼を得ていたのかは分かりませんが、諸問題はあったものの仕事はよく回り、職場が崩壊することもなく、チーム内の離職率も周りに比べれば低かったので、人見知りでもリーダーを全うできたのかと。 会社の研修会では「部下から信頼される方法」を多く勉強させられましたが、そこで教わったことよりも、まずは相手を「信頼する」ことが一番大切だったのかも知れません。

思えば、信頼してくれない人を信頼することは難しいです。最低限、相手から信頼してもらえないと、その人を信頼するかどうかの選択も生まれません。 ただ、それではずっと信頼関係は作れないので、どちらかが先に相手を信頼する必要があるのかと。 そう考えれば、まずは上の人間から積極的に一方通行な「信頼」を寄せることが必要だと思うのです。

たしかに「裏切り」のリスクはあると思うのですが、それは相手も同じ。 そして、そのままでは何も進展しないので、そこは上の人間が先に動くものかと。

なんだか良い人アピールみたいな話になってしまいましたが、あくまでもぼくの目的は「当たり障りのない同僚関係を維持するため」であり、職場ストレスの軽減。 つまるところ、相手から信頼される方法を模索するより、無益に誰かを信頼している方が楽だったと。 誰かを裏切ったときに自分を助けてくれる人は少ないですが、自分が誰かに裏切られたときは助けてくれる人も多いですし。

そもそも信頼なんてされたら疲れますし。

ほんと、信頼は「するもの」だとつくづく思います。

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カテゴリ: 雑記 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/08/28

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