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「自分は違う」と考えない

清く、正しく、美しく。

そんな暮らしは、ときに煩わしくもなりますが、長い目で見れば、心を最も安定させる、なによりヒトにとっては一番に「楽」な生き方だと思っています。 とは言いつつも、やはりズルはしたくなるもの。短期的な「楽」を求めて、少し悪い方法も、いつの間にか頭の中の選択肢に入りがち。 ですが、そんな方法をとると、最初は上手くいくものの、あとになるにつれて、心の安定は減っていくと思うのです。

そう考えれば、煩わしくとも、周りに影響されずに、自分の考える「清く正しく美しく」を守った方が結果的に良いと。 他人のためにではなく、自分のためにそうした方が良いと思うわけです。

ただ、そこで、自分と少し悪い方法を実践している人を比べたとき、「自分は違う」と考えてしまうのは、少し浅はか。 案外、同じ立場になると、誰でもそんな少し悪い方法を選択してしまうと。 違うのは、人ではなく環境だと思うのです。

そこに気付かず「自分は真面目だからあんなことするわけがない」と、 そう考える人の方が、同じ環境になったとき、同じく少し悪い方法を実践してしまうのかも知れません。

ですので、「自分は違うから大丈夫」は当てにならないと思います。 それよりも、自分もそうなってしまう可能性があるから、その人のそうなった経緯や環境を知って、そうならないように回避する考えることが大切。 自分を含めた誰もがそうなると、失敗をすると、人に迷惑をかける行為に走ると、そう思っていた方が良いと思うのです。

ただ、「自分は違うから大丈夫」と、そう思うことは気持ちのいいもの。 優越感に浸ってしまうのはヒトの性質ですし、他人とも共感しやすい。 それが普遍的な「絶対正義」と世間から認められているものならば、なおさら。 ですので、「自分を含めた誰もがそうなる」と考えることは難しいのかも知れません。

一歩ひいて客観的に自分を疑う。

そんな方法も「良い暮らし」には必要なのかと思う今日この頃です。

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カテゴリ: 雑記 | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/04/23

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