67 PHOTO

Film Photographer's Website
Photography Index


more...

「昨日は何食べた?」と聞いたとき、「料理名」ではなく「食材名」を答えた人の食は豊か

ふろふき大根

大阪に住んでいるとき、近所の方に大根を頂きました。

きっと美味しいのだろうと、素材の味の分かる料理にしたいと、そう思って作ったものは「ふろふき大根」。 とはいいつつも、どんなに頑張っても大根は大根。それだけでは物足りなくなると思い、両脇にアボガドとエビを置いてみました。 添えたソースは、バルサミコ酢を加えた「酢味噌」です。

食べてみたら予想以上に美味しかった。 それはもう、アボガドとエビを置いたことを悔やむレベル。 頂いた全量の半分くらいを使ったのですが、こんなに美味しいのなら全てを使い、大根だけでお腹いっぱいになりたかったです。

やっぱりスーパーで売っているものより、家庭菜園で作られた野菜は美味しいです。

そうでもないときもあるのですが、基本的にはプロアマ関係なく、小規模で手間暇かけて栽培されたものは美味しいのかと。 それでは大規模で収量や栽培時間の短縮を求めた野菜は「手間暇がかかっていないのか?」といわれると、きっとそうでもなく、 そんな野菜を作るのも大変だと思いますし、なにより世間の大多数に望まれていることでもあるので、どちらが優れているという話ではないのかと。

だからこそ、小規模で手間暇かけて栽培されたものにも、高い価値を感じてしまいます。

ただ、その価値を履き違えていたときもありました。 栽培時の「手間暇をかける」とは、結果的に「有機栽培」や「減農薬栽培」、「自然農法」に繋がることだと思うのですが、 そんな栽培方法で作られたものは「安全な食材」というイメージが大半でした。

たしかに、それらの農法で栽培された食材は、農薬汚染の恐れが少ないので、そのイメージでも間違っていないと。 その目的で購入されるかとも多くいるので、そのために栽培されている農家さんも多い。 ですが、小規模で手間暇かけて栽培された野菜の価値には、「安全な食材」だけではなく、それ以上に「美味しい」があると思うのです。

それに気付いていなかったり、または忘れてしまうことは、とても残念なこと。

そして、そんな「美味しい」は、普通のものと比べても「有意な差」はあると。それに気付く人、気付いている人は多いと思います。

ただ、熱狂的なファンがいると、どうしても生まれてしまうのが「アンチの気持ち」と「分らない美学」。 もちろん、ほんとうにそうも思ってしまうときもあるのですが、ぼく自身は過去に「安全な食材」をそういう目で見てしまっていました。

実際は、小規模で手間暇かけて栽培されたものは美味しかったです。純粋に。 食べれば結果的に健康になるのかも知れませんが、だからといって、それだけの理由でその食材を手に入れるのは勿体ないと。 食べるものなのですから「美味しさの幸せ」を第一優先に置いてもいいのかと。

つまり、グラム100円の肉ではなくA5等級の黒毛和牛のサーロインを選ぶように、 発泡酒ではなくビールを選ぶように、 ラクトアイスではなくハーゲンダッツを選ぶように、「有機栽培」や「自然農法」の野菜を選べばよかったと思います。

ただ、「有機栽培」や「自然農法」で作られた野菜でもおいしくないものはあると。逆もしかり。 ですので、本当はそこで判断するのも変だと思ったりもします。

そして、そんな「良い食材」を食べたとき、「美味しかった」と言うのは「料理名」ではなく「食材名」。

それは自分を計る基準にもなってます。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet



カテゴリ: 家ごはん | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/12/21

「家ごはん」の他の記事

自己紹介


Blog


人気記事

 
次の記事: 使うと負けた気がする「マギーブイヨン」
前の記事: 【唐揚げパン】練り込み系の総菜パンはおいしい

Photography Index


more...
Copyright C 2007-. 67 PHOTO.All Rights Reserved.