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生産物の「肩書」に惑わされないでほしい

新得町

最近になって、「また意味が変わってきた」と感じる言葉があります。

それは「学歴だけじゃわからない」といわれてるもの。 ちょっと前までは「人の価値は学歴じゃ計れないよね」との意味で使われ、つまるところ、「もっと人の内面を評価しようよ」みたいな風潮に、世間はなっていたかと。

でも最近は、学歴ではなく他の要素で人の価値を計ることも多くなり、入社試験でもそうする企業も増えてきたとか。 結局のところ、少し前までは人の価値を計るうえで、有効な指標が「学歴」しかなかったと。 そこに「SNSのタイムライン」などが入ってきて、「学歴だけじゃわからない」となったわけです。

たしかに、学歴の高い人は、高い専門性を身に付けたことは別としても、決められたことをしっかりとやり遂げる責任感があり、そのための試行錯誤も経験してきた人。 そう考えれば「学歴」で人を計ることも有効だったとは思うのですが、それ以外の能力を求めるならば、少々役不足。 そうなると、一から育てるか、もしくは運に頼るか。「入社したら3年は頑張れ」のうしろには、そんな事情も含まれていると思います。

そんなこともあるためか、一部の企業では、すでに「学歴」ではなく、「SNSのタイムライン」を入社選考の参考にしているのだとか。

それの良し悪しは別として、もし、「SNSのタイムライン」が入社試験に強く影響する世界となれば、 大人になったら良い会社へ入るために、マニュアル通りに、親に言われた通りに、塾で言われた通りに、小さなころからSNSを運営する人も出てくるのだろうと。 そうなってしまうと、また「人の価値はSNSじゃ計れないよね」という世の中になってしまうかと。

目的を攻略するために効率の良い手段を選ぶことはいいと思うのですが、そこに生まれる「ずれ」は、「計る人」の側でみればマイナスとなるもの。求める人間像とは違うから。 教えてもらった本質を理解するよりも、試験の攻略方法を考えてしまいがち。暗記は勉強に必須かもしれませんが、使いどころによっては、合法的なカンニング。

そんな「抜け道」を人は選んでしまうので、どこまでいっても「計る人」と「計られる人」による「計り方のいたちごっこ」が続いてしまう。 きっと、学歴からSNSのタイムラインに「人の計り方」が置き換わっても、少し時間が経てば陳腐化してしまうのだと思うのです。

それは生産物でも一緒かなと、そう思う今日この頃です。

やっぱり、生産物には「肩書」があった方が売れます。 そのため「肩書」をつくるために動いてしまう。 そして、効率のよい「肩書」のつくり方を考えてしまう。定義や認証項目の穴を突いてしまう。

それは人や企業としては仕方のないことですし、むしろ取り入れるべきことなのかもしれませんが、 その先の世界にあるのは、きっと「生産物の価値は『肩書』じゃ計れないよね」というもの。 そこでも「計り方のいたちごっこ」が続いてしまうと思うのです。

もちろん、伝えたい「肩書」は伝えなくてはいけませんし、それを待ってる人もいる。 でも、想いの無い戦略的につくられた「肩書」を待っている人はいないと。

なにより、「計り方のいたちごっこ」が続く世界はおもしろくないので、できれば今の世代で止めたいなと。

少なくとも、定義や認証項目の穴を突かない人がバカにされない世界になって欲しいなと、そう思ってたりします。

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カテゴリ: とかち暮らし | 筆者: kenji  | 投稿日: 2018/05/11

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