67 PHOTO

Film Photographer's Website
Photography Index


more...

「社会科」と「理科」を統合した理由の考察

新得町

先日、小学校の授業参観に出席してきました。

ふたりのこどもがいる2年生と5年生の教室を、嫁さんと園児の娘を連れて、行ったり来たり。 田舎の学校なので、クラス数は少なく、1学年でもひとつかふたつ。 それでも、2年生と5年生の教室は棟が違うので移動距離は長く。 結局、どっちつかずで、授業中の雰囲気は掴めたものの、授業内容はよく分かりませんでした。

どちらのクラスも、この日の教科は「国語」。

思えば過去を振り返っても、授業参観の日の教科は「算数」か「国語」が多かった気がします。 きっと、このふたつの教科は、教え方にもテクニックが必要で、こどもの授業への参加度も高く、見ごたえのある教科なのかと。

社会科や理科ですと、知識として得ることが主体となり、興味が有っても無くても、こども達は受け身の姿勢が強くなってしまう。 先生を参観するならこっちの方がいいのかもしれませんが、こどもを参観したい親御さんも多いと思うので、やっぱり授業参観日の教科は「算数」か「国語」になるのかなと思うわけです。

ただ、「社会科」や「理科」の授業風景も見てみたいと。

考えてみれば、今の小学校に「社会科」や「理科」といった教科はないわけで。 ふたつは統合されて「生活」となっているそうな。

ぼくのような昭和の人間からしてみれば、相反する教科が統合された感もあるので、その授業風景を見てみたいと思ったりするのです。

原木しいたけ

理系教科と文系教科の統合。

でも、実際の授業では混ぜて教えることもない、そうな。 つまるところ、低学年の小学生は周囲で起こっていることを「自然現象」と「社会現象」に区別することが困難で、その境界線も曖昧。 ですので、「世の中で起きている様々な現象を知る」という目的の「生活」に、ふたつの教科は統合されたそうです。

そう考えれば、たしかに「社会科」と「理科」は同じカテゴリの学問かと。

小さいものの現象に視点を移せば、物理学に行きつき、そこから対象を少しづつ大きくしていけば生物学になり、人間工学から社会学へ移り、もっと大きくすれば再び物理学へ。 中学生や高校生になれば「自然現象」と「社会現象」の区別がつくとは思うのですが、もっと細かく突き詰めていけば、再びその境界線は曖昧に。 そう考えても、「社会科」と「理科」は同じ事柄を扱った学問だと思うのです。

そして、「自然現象」と「社会現象」に当てはまる法則も、根本的には一緒かと。 つまり、リンゴが落ちる理由や、争いが生まれる理由も、そして争いを拒む理由も、それらは全て同じだと。 そう考えれば、その法則に触れられる「生活」という教科は大切だなと思うのです。

なんだか「生活」の教科書を読んでみたくなりました。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet


カテゴリ: とかち暮らし | 筆者: kenji  | 投稿日: 2018/04/18

「とかち暮らし」の他の記事

自己紹介


Blog


人気記事

 
次の記事: 【しいたけ】森XR1号という菌種の厄介なところ
前の記事: 植菌は「楽しい」らしい

Photography Index


more...
Copyright C 2007-. 67 PHOTO.All Rights Reserved.