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「幸せになるための方法」の本質

新得町

趣味の写真で手に入れたものは、「自然物」という言葉の考え方。

つまるところ、広い意味では「自然物」の対極に「人工物」があるのではなく、「自然物」の中にある小カテゴリのひとつが「人工物」。 ですので、そのふたつの間にある境界線も曖昧で、そこら辺を被写体とした写真が、ぼくのツボだったりするのです。

そして、ビルや鉄塔はもちろんのこと、最先端の技術で作られた身近な道具は「人工物」の極みであり、それらも好きな被写体。 と同時に究極の「自然物」だとも。

もうひとつ言えば、高度にシステム化された大きな社会や、選抜された人達で作る小さな組織、一対一の人と人の関係性も、 写真にはできませんが、それらも究極の「人工物」であり「自然物」だと思ってしまいます。

原木

少し話がそれますが、今の時代、Webや紙媒体を問わず「幸せになるための方法」のような記事や本が溢れています。

それらの内容はどれも似ていて、ざっくりまとめれば「人を責めない」「人を変えようとしない」「人に期待しない」というもの。 これらは「人を責めても解決できない」「人は変えられない」「人は期待通りに動かない」という理屈から来るものです。

そして、上のフレーズは「人」という言葉を「自然」に置き換えても意味は通ります。 考えてみれば、人の「思考」といいますか「自我」は、コンピュータで簡単にシミュレートできない程「複雑」と思いがち。 それは人としてのアイディンティティから来るもので、人が「人工知能」を恐れる(恐れたい)理由のひとつでもあるのかと。

でも実際は、人の「自我」も、単純な法則で縛られている「自然物」だと。 そう考えれば、人と人の関係性も「自然物」と思えます。

ただ、逆に考えると、相手が「自然」であったとしても、責めたくなりますし、変えたくもなり、期待もしてしまう。 理屈では分かっていたつもりでしたが、実際に色々と問題が起こると、自然相手でも、そうしたくなるようです。

原木

先日、4月にもかかわらず雪が降りました。

真冬に比べれば量も少ないのですが、それでもアスファルトの道路も薄く雪化粧。 土の畑は完全に真っ白。そして、作業場の屋根として建てたタープの上にも雪は積もりました。

潰れる程の雪の量ではないのですが、念のため畳むことに。 考えてみれば、4月の降雪は異常でもなく、毎年起こること。 要は、ぼくの判断ミスだったのですが、どこかで雪を恨んでしまいました。

だって人間だもの。


通路
狭い通路は吹き溜まるみたいです。



原木
原木に雪が積もっても問題なし。



玉切り
雪が降っていても「玉切り」の作業は行えました。



タープ
下ろしたタープ。
大丈夫だとは思うけど念のために。



残雪
残雪の上にも積もりました。
早く溶けてほしい場所なのに...



薪積み
それでも雪景色はいいものです。



新得町
ここも、この後、真っ白になりました。


とりあえず「てるてるぼうず」を作成。
それは自然を変えるために。

不幸になるらしいけど作っちゃいました。

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カテゴリ: とかち暮らし | 筆者: kenji  | 投稿日: 2018/4/07

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