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知らない権利

新得町でも暑い日が続いています。

テレビを付けると画面の端には食中毒や熱中症を注意喚起するテロップ。 各地の予想最高気温も表示されるのですが、北海道でも軒並み30℃を超えていました。 新得町内でも体調を悪くされた方がいるとの話を聞きました。

「熱中症」は怖い存在ではあるのですが、どこか「死のリスク」とは強く結び付かず、その対応にも甘くなってしまいがち。 それはぼくだけかも知れませんが、もう少し深く「熱中症」と向合う必要があるのかと。 死亡する確率と、日々の暮らしの中での遭遇率を考えてみれば、もっと恐怖する存在で良いのかも知れません。

田舎暮らしは死のリスクが多いので、少しの「びびり」も必要だと思います。 仕事中の不慮の事故で亡くなった方の話はよく聞きますし。 ただ、ヒトは常に「死のリスク」を考えて、恐怖しながら生きていけるほど強くはないと。 そのため、「自分は大丈夫」と考えてしまい、注意もおろそかになってしまうのだと思います。

参考: 「自分は違う」と考えない

ですので、少し辛いですが、自分なりに身近な「死のリスク」を整理して、大きい方から対応する方法しかないのかと。 本当は大小関わらず全ての「死のリスク」を回避できればよいのですが、それは数が多すぎて物理的に無理。 という事で、小さな「死のリスク」は仕方なく諦めて、そこは運を天に任せるしかないと思っています。

ただ、やはりヒトは「死のリスク」を整理することは苦手。 そんなとき、周りで声の大きい人や大勢の人が恐怖を煽ると、「死のリスク」の大小に関わらず、それが一番の「死のリスク」と考えてしまうかと。 そのリスクを回避に生きるのも、その人なりの「良い暮らし」だとは思うのですが、ただただ精神と体力を消耗してしまう人もいる。

結果として、元のリスクよりも、回避することで生まれるリスクの方が大きくなってしまうことも。 そう考えれば、ヒトが普遍的な生活を求める権利があるのならば、小さな「死のリスク」を知らないという権利もあるのかも知れません。

もちろん「知る権利」や「知らせる権利」もあると思います。 それらは「知らない権利」と拮抗することなので、そこに問題が生まれるのかも知れませんが、それはヒトの普遍的な性質が個々にぶつかるだけなので、「問題」というよりは「現象」にちかいかと。 その意味では「権利」という言葉を使うことには違和感があり、それよりも「求めても良い」的なニュアンスの言葉の方がしっくりくるかと。

あえて「例話」は書きませんが、これからも適度に「死のリスク」を考えて楽しく暮らしたいなと思います。

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カテゴリ: とかち暮らし | 筆者: kenji  | 投稿日: 2017/07/13

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